報酬からの天引き・相殺・前払金

リース料、代走費、事故の賠償、前払いの手数料。報酬から差し引くものが増えるほど、手続を条文にしておく必要があります。

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「委託料差押えを承諾する」と書かせた念書は、裁判所の差押えではなく、実質は相殺の合意です。

このページの要点

  • 相殺するときは、使う債権・根拠・相殺額・相殺日・残額を事前に通知し、争いのある部分は控除しない。
  • リース料の天引きは、事前の同意・明細の通知・回収できないときの支払方法の3点を書く。
  • まだ発生していない報酬の前払いに手数料を付け、返還義務を負わせる構造は、貸付けとの区別の検討が要る。
  • インボイス未登録を理由に、合意済みの報酬を一方的に減らさない。

結論:「引ける」と書くだけでなく、通知と根拠の手続を書く

軽貨物の委託では、報酬からいろいろなものが差し引かれます。リース料、代走費、事故の賠償、報酬の前払いの手数料などです。事務所の作成・レビュー例に共通する考え方は、「控除できる」「相殺できる」と書くだけで終わらせず、何をいくら、どの根拠で、いつ引くのかをドライバーに事前に示す手続まで条文にすることです。明細がなく、何がいくら引かれたか分からない状態が続くと、ドライバーとの紛争の種になるうえ、受託者が特定受託事業者・中小受託事業者なら、報酬の減額(フリーランス法5条1項2号、取適法5条1項3号)や不当な経済上の利益の提供の要請(フリーランス法5条2項1号、取適法5条2項2号)との関係も問題になります。

報酬から差し引く仕組みの3つの型

  1. 提供した物の対価を控除するリース料・車両費・端末代など、委託者が提供した物の対価を報酬から控除する型です。
  2. 損害や違約金と相殺する代走費・違約金・損害賠償を報酬と相殺する型です(代走・違約金、事故の賠償)。
  3. 前払いと手数料を後で控除する報酬を前払いし、前払金と手数料を後の報酬から控除する型です。

相殺の手続を契約で決める

相殺とは、互いに同じ種類の債務を負っている二人が、その対当額で債務を消し合うことです。民法505条1項は、双方の債務が弁済期にあるときに相殺できると定めています。契約で何も決めなければ、委託者は弁済期にある自分の債権と報酬債権を相殺の意思表示で消せる場面がありますが、ドライバーの側からは金額の根拠が見えません。レビューした標準契約書は、委託者から受託者への金銭請求と相殺について、次の手続を置いていました。

条文例業務委託契約 第◯条(金銭請求と相殺の手続)

  1. 甲は、乙に金銭を請求するときは、金額、原因、算定根拠、根拠資料及び支払期限を書面又は電磁的方法により通知します。
  2. 甲が相殺するときは、相殺に用いる甲の債権とその根拠、相殺される乙の報酬債権の額、相殺額、相殺予定日及び相殺後の支払残額を、乙が確認できる合理的な期間を置いて事前に通知します。
  3. 甲は、乙が合意した部分と争いのある部分を区分し、争いのある部分は、合意又は確定判決等があるまで報酬から控除せず、相殺しません。乙の沈黙のみをもって合意したものとはみなしません。
  4. 甲は、争いのない報酬を支払期日に支払います。協議の継続中であること、根拠が確定していない損害、抽象的な信用損害又は将来の損害の可能性を理由に、支払を留保しません。
  5. 甲は、フリーランス・事業者間取引適正化等法、中小受託取引適正化法その他の関係法令を遵守し、法令に反する報酬の減額又は支払遅延を行いません。

標準契約書のレビュー案件の条を、趣旨を変えずに整理したものです。報告書はこの条を「相殺手続は丁寧」と評価しました。

報告書は、この相殺の手続を定額の追加負担金と連動させて使う場合には、帰責事由と金額の根拠の事前の提示を徹底するよう求めています。相殺の条が整っていても、相殺に使う債権の側(代走費など)の根拠が薄ければ、手続をいくら踏んでも争いは残るからです。

法人間の配送外注の契約では、代替の配送体制の手配費用と違約金について、「受託者が委託者に支払い、又は委託者は当該額を委託報酬から控除することができる」と、支払と控除の両方を書きました。控除だけを書くと、報酬がその月に発生していないときに回収の手段がなくなり、支払だけを書くと、報酬と相殺するたびに別の合意が必要になるからです。レビューした標準契約書の相殺の条は、依頼者原案の時点ですでに詳しく整っていたため、報告書は条項の修正ではなく、定額の負担金と連動させて使うときの事前の提示を徹底する、という運用上の提案にとどめています。

包括的な相殺の条と、一方的な控除の禁止を並べる型

これと違う型もあります。運送会社の個人ドライバー向け基本契約では、「甲及び乙は、相手方に対して有する金銭債権について、その弁済期の到来の有無を問わず、対当額において相殺することができる」という相互・包括型の相殺の条を置き、あわせて「法令に基づき控除を要する場合を除き、乙の承諾なく委託料から一方的に金員を控除してはならない」と定めました。相互の相殺権と、一方的な控除の禁止を並べる設計です。どちらの型でも、相殺するときの通知事項(債権・金額・根拠・相殺日・残額)を決めておくと、ドライバー側の納得と紛争の予防に役立ちます。

軽貨物の会社のドライバー向け契約では、当月中に継続的に業務を放棄し、事前の連絡も正当な理由もなく業務を遂行しなかったときは、当月の未払報酬債権の範囲内で委託者が被った実損を相殺で控除でき、実損が未払報酬を上回れば差額を請求できる、と書いていました。相殺の範囲を「当月の未払報酬」と「実損」に絞った書き方です。

リース料の天引き

委託者がドライバーに車を貸し、リース料を報酬から差し引く仕組みは、軽貨物の会社でよく使われます。事務所が作成した車両リース契約では、次の形をとりました(車両リースの契約)。

  • 月額のリース料(税込)を定め、燃料費・保険料・消耗品費は含まないと明記する。
  • 初月はリース料を不要とし、2か月目以降は、委託者が管理する受託者の配送業務の売上から、受託者の事前の同意に基づいてリース料相当額を控除(相殺)する。
  • 毎月末日で締め、翌月の所定日(休日なら直前の営業日)までに控除額と明細を受託者に通知する。
  • 売上から回収できないとき、又は受託者が他の方法で払うことになったときは、委託者の通知に基づき指定口座に別途支払う。
  • 支払が遅れたら、支払期日の翌日から年14.6%(日割り)の遅延損害金。2か月以上の滞納は無催告解除の事由。

業務委託の報酬とリース料を同じ会社がやりとりする場合は、控除の根拠(事前の同意)、控除額の明細の通知、回収できない場合の支払の経路の3点を先に書いておきます。明細の通知の期限を、報酬の締めの翌月の早い日に置いているのは、ドライバーが控除の内容を確かめてから報酬を受け取れるようにするためです。控除額に誤りがあれば、支払の前に正せます。特に3点目は、業務委託が先に止まったときに効いてきます。報酬がなくなればリース料を天引きできないため、別の支払方法を決めていないと、未払いのまま車だけが手元に残ることになります。

キッチンカーの賃貸借で保証金を預かる契約でも、同じ考え方をとりました。借主の故意・過失による修理費を保証金から控除するときは内容と金額の明細を書面で通知し、原状回復の費用に充てるときは控除額と算出根拠を記載した明細書を交付する、という形です(駐車場・キッチンカーの賃貸借)。

報酬の前払い(前払金)は、貸付けとの区別に注意

運送会社の案件資料には、「前払金申請書兼精算同意書」という書面がありました。ドライバーが車両の修理費・車検費用・燃料費・生活費・税金などを理由に前払いを申請し、委託者が売上実績・見込売上・契約の遵守状況・事故歴・苦情の状況・過去の精算状況を見て裁量で承認し、手数料を差し引いた額を振り込み、前払金と手数料は後の委託報酬から優先的に控除する、という仕組みです。精算の欄では、一括控除・分割控除・委託者が適当と認める方法から選び、翌月分で完済できなければ未精算の残額を翌々月以降の報酬から続けて控除します。契約の終了・無断欠勤・重大な事故・苦情などで期限の利益を失って一定期間内に返還すること、遅延損害金、回収費用の負担も定めていました。書面の上では「将来発生する委託報酬の先払いであり、消費貸借その他金銭貸付を目的とするものではない」と性質を書いています。

「前払い」の二つの形

すでに確定した報酬の早払いまだ発生していない報酬の前払い

対象

すでに確定した報酬の早払い役務の提供が済み、額が確定した報酬

まだ発生していない報酬の前払いこれから稼働して発生する予定の報酬

お金の性質

すでに確定した報酬の早払い支払日を前倒しするだけ

まだ発生していない報酬の前払い返還義務を伴う金銭の交付に近づく

手数料

すでに確定した報酬の早払い早払いの対価としての整理になる

まだ発生していない報酬の前払い実質が貸付けの利息と評価されるかの検討が要る

契約が終わったら

すでに確定した報酬の早払い精算は済んでいる

まだ発生していない報酬の前払い一括返還を求める定めになりやすい

どちらに当たるかで、貸金業法・利息制限法・出資法の適用の検討が必要になるかが変わります。当てはめは個別の仕組みごとに確認を要する論点です。

「前払い」と呼んでいても、まだ発生していない報酬を対象に、手数料を取り、契約の終了などで返還の義務を負わせる構造は、実質が金銭の貸付けと評価されるかどうかを検討する必要がある類型です。生活費や税金の支払を申請理由に挙げている点も、事業の報酬の先払いという説明から離れる要素になり得ます。あわせて、受託者が特定受託事業者・中小受託事業者なら、手数料や前払金の控除が、報酬の減額や経済上の利益の提供の要請に当たらないかも確認します。

システム料・立替金・相殺の制限

報酬から差し引くものを増やさない、という設計もあります。軽貨物の会社のドライバー向け契約では、当初の案から、委託報酬に委託者が指定する業務システムの使用料・管理費などを含み、受託者はこれを理由に増額・別途請求・控除・返還を求めない、としていました。システム利用料を報酬から別に差し引く形をとらず、報酬に含める形で一本化しているので、毎月の明細に「システム料」の控除が現れません。控除の項目を減らすことは、それだけで紛争の種を減らすことになります。

事故の賠償の立替金の精算も、相殺と関係します。標準契約書は、委託者が第三者に立て替えて払った賠償金を受託者に負担させるときは、資料の受領と負担額の確定のいずれか遅い日から30日以内に精算し、異議は14日以内を目安に具体的に通知する、沈黙だけで全額を承認したとはみなさない、としていました(事故・荷物の賠償)。立替金を報酬と相殺するなら、この精算の手順と相殺の通知の手順がかみ合っている必要があります。

民法505条2項は、当事者が相殺を禁止し、又は制限する意思表示をできることを定めています。受託者の側から見れば、「委託者は、受託者の書面による同意なく、報酬債権を相殺してはならない」「争いのある債権を自働債権とする相殺はしない」といった制限を求めることも、契約交渉の選択肢になります。元請の雛形を受け取った側は、相殺の条がどちらの向きに書かれているかを確かめておきます。

インボイスと消費税の差し引き

インボイス(適格請求書)を発行できない未登録のドライバーから、消費税相当額や一定の率を差し引きたい、という相談もあります。事務所の作成・レビュー例では、発注前に支払総額を合意する形にし、登録の有無だけを理由に、すでに合意した報酬を一方的・遡及的に減らさない、と書いています。法人間の外注の契約では、依頼者の意向でインボイス登録を契約の条件にしませんでした。そのうえで、相手が未登録なら仕入税額控除が受けられず(経過措置で段階的に制限)、負担の差が生じ得るため、登録番号の有無を契約前に確認するよう説明し、単価は税別で消費税相当額を加算して払う建付けにしました(フリーランス法・取適法)。

事務所の改訂例 前払金と相殺の書面

委託料差押えの承諾

出発点ドライバーに差し入れさせる念書に「委託料差押えを承諾する」とだけある形。(依頼者側の既存書面と見られるもの)
改訂後実質は報酬からの控除・相殺の合意として扱い、相殺の対象・金額・根拠・相殺日・残額を事前に通知する手続を、基本契約の側に置く形が考えられます。

裁判所の手続による差押えとは別物で、手続の定めがないとドライバーは内訳を確認できません。

条文の例:リース料の控除

条文例車両リース契約 第◯条(リース料の支払)

  1. 乙は、甲に対し、月額リース料として金◯円(税込)を支払います。燃料費、保険料及び消耗品費はリース料に含みません。
  2. 契約開始月のリース料は要しません。翌月以降のリース料は、甲が管理する乙の配送業務の売上から、乙の事前の同意に基づき、甲がリース料相当額を控除する方法により支払うものとします。
  3. 甲は、毎月末日で締め、翌月◯日(休日の場合は直前の営業日)までに、控除額及びその明細を乙に通知します。
  4. 前項の売上からリース料を控除できないとき、又は乙が他の方法で支払うこととなったときは、乙は、甲の通知に基づき、甲の指定する口座に別途支払います。
  5. 乙が支払を遅延したときは、支払期日の翌日から支払済みまで、年14.6%の割合(日割計算)による遅延損害金を支払います。

事務所が作成した車両リース契約書の条を、金額などを伏せて整理したものです。

2項の「事前の同意」は、契約書への署名で包括的に得る形が普通ですが、3項の明細の通知と組み合わせることで、毎月の控除の内容をドライバーが確認できるようにしています。4項は、業務委託が止まったときに効く条です。

前払金の書面を、項目ごとに見る

前払金の書面は、項目ごとに見ると、どこが論点になるかが分かります。

前払金申請書兼精算同意書の主な項目と論点
項目書面の内容検討の視点
申請の理由車両の修理費・車検費用・燃料費のほか、生活費・税金などの支払事業の報酬の先払いという説明から離れる理由を含むか
承認売上実績・見込売上・契約の遵守状況・事故歴・苦情の状況・過去の精算状況を見て裁量で承認。支給の義務はなく、全部・一部の承認や不承認ができる信用の審査に近い判断をしているか
手数料前払金から手数料を差し引いて振り込む手数料の実質が利息と評価されないか
精算一括控除・分割控除などを選び、完済できなければ翌々月以降も継続して控除。個別の承諾は不要控除の明細が毎回示されるか
期限の利益の喪失契約の終了・無断欠勤・重大な事故・苦情などで期限の利益を失い、一定期間内に返還返還義務を伴う金銭の交付になっていないか
その他遅延損害金、回収費用の負担、包括的な相殺への事前の承諾減額や経済上の利益の提供の要請に当たらないか

ドライバーの資金繰りを助ける仕組み自体には意味があります。ただ、未発生の報酬を対象にしながら返還義務・手数料・遅延損害金を重ねると、貸付けとの区別が問題になる方向に寄っていきます。すでに役務を提供して額が確定した報酬の早払いにとどめるのか、別の仕組みにするのかを、制度を作る段階で決めておくことが大切です。また、ドライバーが労働者と判断された場合には、賃金の全額払いの原則(労働基準法24条1項)により、法令や労使協定によらない控除はできません(労働者性)。

差し引く仕組みの型ごとに、契約書に書くこと
型根拠として書くこと手続として書くこと
リース料などの対価の控除対価の額と、報酬から控除することへの事前の同意毎月の控除額と明細の通知、控除できないときの別途の支払方法
損害・違約金との相殺損害や違約金が発生する要件(帰責事由など)と、金額の根拠相殺に使う債権・相殺額・相殺日・残額の事前通知、争いのある部分を控除しないこと
前払金の控除前払いの性質(確定した報酬の早払いか)と、手数料の有無・額精算の方法と開始月、各回の控除額、未精算額の扱い
保証金からの控除保証金の額と、控除できる費目控除額と算出根拠の明細書の交付、不足額の支払

どの型でも共通するのは、「根拠」と「手続」の二つを分けて書くことです。根拠だけが書かれていて手続がない契約は、控除する側にとっては使いやすく見えますが、ドライバーからの異議に答える材料がなく、結局は紛争のたびに一から説明することになります。

ヒヤリングで確かめること 報酬から差し引く仕組みを作る前に確かめること

  1. 報酬から差し引いているものを、すべて挙げられますか。

    リース料・端末代・システム料・代走費・賠償・前払金など、項目ごとに根拠を条文にします。

  2. 毎月の控除の明細を、ドライバーに渡していますか。

    明細の通知を義務にすると、紛争の予防になります。

  3. 争いのある金額まで、先に控除していませんか。

    争いのある部分は確定まで控除しない、と書きます。

  4. 業務委託が終わった後の未精算の残額は、どう払ってもらいますか。

    別途の支払方法と期限を決めておきます。

よくあるご質問

リース料を報酬から天引きしてよいですか?

事前の同意、毎月の控除額の明細の通知、売上から回収できない場合の支払方法を契約に書いておく形が事務所の作成例です。業務委託が止まったときの支払の経路を先に決めておくことが特に大切です。

損害賠償を報酬と相殺してよいですか?

金額・根拠・相殺日・相殺後の残額を事前に通知し、争いのある部分は合意や確定判決があるまで相殺しない形が安全です。争いのない報酬は支払期日に払い、協議中であることを理由に支払を止めないことも書いておきます。

ドライバーに報酬を前払いして、手数料を取ってもよいですか?

まだ発生していない報酬を前払いして手数料を取り、返還の義務を負わせる構造は、実質が貸付けに当たるかの検討が必要です。すでに確定した報酬の早払いとは整理が異なるため、仕組みごとに確認します。

インボイス未登録のドライバーから、消費税分を差し引いてよいですか?

発注前に支払総額を合意する形にし、登録の有無だけを理由に合意済みの報酬を一方的・遡及的に減らさないことが基本です。登録番号の有無は契約前に確認しておきます。

相殺の条項は、双方向にすべきですか?

相互型(双方が相殺できる)にした例もあれば、委託者からの相殺の手続を詳しく定めた例もあります。相互型にする場合も、受託者の承諾のない一方的な控除を禁じる条を並べ、相殺するときの通知事項を決めておくと運用が安定します。

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